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昔から私自身も仏像見物はスキだ。
先日も、名古屋市博物館で開催されていた『天台宗開宗1200年記念特別展 比叡山と東海の至宝−天台美術の精華』展に行って来た。

この本を読むまでは、全体の雰囲気とか年代とか造形なんかをトータルに見て楽しんでいたのであるけれども、「1つの作品」としてはあまり見ていなかったような気がする。

この本の面白いところはまさにそこで、「好きだけど専門知識は殆どナシ。入門書すら読んだことが無く、ミロクと観音の位置関係もイマイチあやしい。」という筆者が、京都・奈良をはじめ、全国の有名な仏像を見てまわり、その感想を文章とイラストで綴るという、結構ライトな本だ。

しかし、そういう先入観が無いからこそ見える視点が、筆者の分かりやすいたとえと、適度にドライな描線で描かれた仏像のイラストとマンガで表現される。

最初の頃は、ややミーハーな視点が目立つ。
『いしだ壱成似の弥勒菩薩像』
『衣はイッセイ・ミヤケだけど髪型がパパイヤ鈴木な釈迦如来像』
といった例えがたくさん出て来る。
熱心な仏像ファンからは「失敬な!」とツッコまれそうだけれども、仏像を知らない人にとっては、これほど分かりやすく、なおかつ興味をひく例えは他にない。

さすがに回を重ねていくうちに、筆者の知識も増え、仏像に関するエピソードも盛り込まれるようになるのだが、筆者が興味を持ったのはどうやらそれよりも「仏像の作者」であったようである。
特に「運慶・快慶」が有名は「慶派」の作品をいたく気に入り、特に運慶の作品を絶賛していた。
反対に、快慶の作品は「表現がバタくさい」とイマイチなようだけれど・・・。

私が行った展覧会でも、湛慶と快慶の作品が出品されており、改めて「慶派リアリズム」のスゴさを実感したのであった。

さすがに筆者はマンガ家だけあって、個々の仏像の持つフォルムやバランスの美しさに関しては非常にシビアな目をもっており、それについての記述も非常に具体的で、文章を読みつつ、イラストを見ると非常によく分かる。
そして「コレは見てみたい!」と思ってしまう。
それがたとえ過去に見たことのある仏像でも同じだ。

とにかく、「あー、ちょっとイイかも」と思わせる点では「入門」というタイトルはふさわしい。

京都・奈良への修学旅行へ行く前の中高生に、1冊読ませると良いかも知れない。
きっと騒ぐことなく興味津々で見ること間違いナシ。


巻末には瀬戸内寂聴さんとの対談も収録されていてオトク感UPです。
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今更ベタだなと思いながら、随分前から一度読んでみたかった本なので、手に取ってみた。

まさしく「いじめられっ子はこれを読め!」という一冊。

発行当時、世間で大きな話題になったけれど、もうそれも6年も前のことなので、今の中学生はあまり知らない本かも知れない。

ごく普通の中学生だった筆者が、転校先の学校でひどいイジメに遭い、自殺未遂の挙げ句、転げ落ちるように非行の道へ堕ちて行く。
そして、しまいには「極道の妻」にまでなってしまい、背中には「観音と蛇」の大きな刺青まで施した。
そうやって底の底まで転落した筆者は、その後の人生の大事な理解者となる人物に出会い、心機一転、宅建、司法書士、そして最難関といわれる司法試験に合格し、弁護士となる。

中卒の学歴しかなく、しかも中学も殆ど通っていない彼女が、予備校や通信制の学校へ通い、必死に勉強して得た大きな成果には、ただただ「スゴイ!」としか言いようにない。
しかし同時に、中卒の人にも、いろいろな道はあるということを教えてくれる。
高校へ行かなくても大検や同等の資格が得られる学校もあるし、就職だって出来るということを、今の中学生は知らない。
私のまわりにも中卒の友人がいるけれど、ちゃんと就職し、責任ある仕事を任されている。

しかし、何より印象に残ったのは、いじめに遭い、自殺未遂に至るまでのシーンだ。
友人に裏切られ、あらぬ罪を着せられた筆者は絶望し、河川敷で刃物を腹に刺すという壮絶な自殺を謀った。
腹を刺すうちに、死んで早く楽になりたいという気持ちから、やっぱり家に帰りたいという気持ちの変化が細かく描かれている。
そして、幸い通りかかった人に助けられ、大手術により一命を取り留めたものの、筆者が感じたのは安堵ではなく後悔だった。


『あの子らをどうしても許せへんから、復讐するつもりで死のうと思ったけど、全部自分に跳ね返って来るやん。こんなん全然復讐にならへんやん。アホやわ私・・・。』


無事退院したものの、やはり学校では「死に損ない」と罵られ、不登校の末、非行少年たちの仲間に入る。
しかし、理解者だと思っていた仲間からは言われたのは「ケンカしても相手ではなく自分のお腹を刺す、頭のおかしいヤツ」だった。

生きることに絶望したものの、死ぬことも出来ない、中途半端で誰にも認められない自分。
筆者は「誰かに認めてもらいたい、仲間に入れて欲しい」一心で、「あり地獄」を這い回る。
背中の刺青も、ヤクザに認められ、仲間に入れてもらうためのものだった。
しかし結局、ダメだった。


その後、理解者であり後に養父になる人物との出会いが、人生をやり直すキッカケとなる。
これまでの人生を周囲のせいにしてきた自分の弱さを認め、迷惑をかけた両親に許してもらうために、「一からやり直す」ことに。


つくづく思うのは、「たった1人の『理解者』が、こんなにも心強い存在になるのか」ということ。
良いところも悪いところも全て受け止めてくれる人がいるというのが、こんなにもすごいことなのかと痛感した。


人は、誰かに認めてもらいながら生きて行く生物だ。
それは親であったり友人であったり、人によってそれぞれだ。
誰も認めてくれない状況は本当にツライ。
しかし、きっと自分を認めてくれる人は出てくる。


どんなにつらくても、絶対に自殺なんてしてはいけない。

自分が認めてあげることで、救うことの出来る誰かがいるのだから。
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